古来、日本人は樹木が豊富な風土だったこともあり木の家に住んできました。旧石器時代には木造の竪穴住居を作って住んでいたと考えられています。大阪府の藤井寺市のはさみ山遺跡では約2万2000年前の木材が使われていたようですので、現在からさかのぼって昭和・大正・明治⇒江戸時代⇒戦国時代⇒室町時代⇒鎌倉時代⇒平安時代の藤原道長の頃でやっと1000年前ですから、その22倍と考えると、とんでもない長い時間、日本人は木の家に住んできたことになります。現在でも7割強のかたが「木造で建てたい」というのも無理のないことかと思います。

例えば、弥生時代には竪穴住居のほかに高床の倉庫や住居が造られ始めました。正倉院や伊勢神宮、出雲大社などに代表される建築方式です。現在でも東南アジアなどの高温多湿な地域の一部では住居として建てられていますが、日本で一般化するには時間がかかりました。
やがて、平安時代に貴族の住まいとしての「寝殿造(しんでんづくり)」、鎌倉時代の武士のの「書院造(しょいんづくり)」につながり、畳を敷いて障子やふすまで仕切った和風の家に近くなっていきます。

また、日本の木造建築の特徴として「木材を塗らない」ということが挙げられます。日本建築の源流のひとつである中国では、木材を何らかの塗料で塗り、仕上げるのに対し日本ではほとんどの場合木材は塗らずに自然の風合いや経年の変を楽しむ方向にあります。このあたりも素材の持ち味をできるだけ生かそうとする日本人の気質が色濃く影響しているように思います。

例えば、窓ひとつとっても英語ではWindowとなりますが、これは「風・のぞきあな」が語源となりますが日本では「間戸」となり『柱と柱のあいだの戸』です。兼好法師も「徒然草」で書いている通り「家は夏をもって旨とすべし」とのことで日本では冬の寒さよりも夏の蒸し暑さの対策(衛生上のこともあったと思います)、基本的に外の風や景色をとりこみ自然とともに生きる方向にありました。また、ヨーロッパでは大陸ゆえの他民族の侵入が多かったので壁を厚くし、進入口となる窓を大きくしなかったという説もあります。

日本の住宅に関する代表的な技能文化として「大工」がありますね。多くの樹種の材料を適材適所(文字通りですね!)に配置し加工する技術は世界に誇る文化です。特に仕口・継ぎ手の立体加工の組み合わせや曲がり屋根の曲線同士の立体加工を行う複雑な技術は世界の人たちの目から見ても驚異のようです。

しかも、完成後の乾燥による木材の収縮などを見越して組み合わせを行うなど想像できないようです。なお、これらの材料は当然、現場で組み合わせる前に加工しなければなりませんので大変です。ちなみに差し金は三角関数をアナログで計算できる優れた道具です。

近年では和風のものが見直され、「和食」が世界遺産登録されたり、テレビ番組でも「和風総本家」や「美の壷」などでモノだけでなく携わる職人さんたちも取り上げられることが増えてきました。
グローバル化することによって逆に「日本ならでは」の本当の価値が再評価されているのです。

もちろん、現代社会に合わないものもあるでしょう。ただ、温泉宿の畳の部屋がなぜか心が落ち着くように、家の中に木を取り込むことによって四季を感じたり、心を豊かに暮らせるように工夫することができるのではないでしょうか。木の家を建てることで日本の住文化やそこに携わる職人さんたちを子どもたちに残すことができるのです。