世界史に学ぶ 攻めるべきか退くべきか

公開日: : 最終更新日:2017/08/26 住宅営業, 工務店

世界史に学ぶ 攻めるべきか退くべきか

 

営業という仕事をしていると、このお客様に対して攻めるべきか引くべきか?

と悩む場面もあると思います。

今回のお話はそんな時に参考になればと思います。

主人公は・・・

 

オスマン帝国第10代皇帝 スレイマン大帝

800px-EmperorSuleiman

…26歳くらいで皇帝位をついで46年の長期にわたる在位の中で13回もの

対外遠征を行い、数多くの軍事的成功を収めてオスマン帝国を最盛期に導きました。

 

壮麗帝」のあだ名で呼ばれ、日本ではしばしばスレイマン大帝と称されています。

トルコでは法典を編纂し帝国の制度を整備したことから「立法帝(カーヌーニー」

のあだ名でも知られています。

ちなみに「スレイマン」というのはアラビア語で「ソロモン王」という意味です。

アレクサンドロス=イスカンダルみたいなものですね。

とにかくすごい皇帝です。

 

今回の話はそんな彼がオーストリアの首都ウィーンを包囲した時の決断についてです。

 

スレイマン1世が即位したのは1520年ですが、

 

1521年 ハンガリー王国と戦い、勝利。ベオグラードを奪う

 

1522年 ヨハネ騎士団と戦い、勝利。ロードス島を奪う

 

上の二つは偉大な曽祖父であるメフメト2世が落とすことのできなかった場所だったので

国内での人気はものすごく上がったようです。

※メフメト2世…この人も優秀で戦争に勝ちまくって領土を増やしました。

 

1526年 エジプトでの反乱を鎮圧

 

1526年 ハンガリー王国と戦い、大勝利。国王ラヨシュ2世を戦死させる

 

と、いうことでハンガリー王位が空位となります。

で、王様を決める選挙となるのですが

 

ハンガリー貴族の大半の支持を得たトランシルヴァニア侯サポヤイ・ヤーノシュ

Szapolyai_János_fametszet

VS

お隣のオーストリア大公フェルディナント(ハプスブルク家)

後の神聖ローマ皇帝フェルディナント1世

Hans_Bocksberger_der_Aeltere_001

(この辺さすがの”隙あらばハプスブルク”ですね)

 

この選挙はヤーノシュが勝ちます。

 

しかし、

フェルディナントは兄の神聖ローマ皇帝カール5世の後押しで

独自に議会を召集、ハンガリー王を名乗ったことで事態は複雑化。

ヤノーシュは敵だったオスマン帝国に救援を求めます。

待ってましたとばかりに皇帝スレイマンはオーストリアの首都ウィーンに向かいます。

Vienna1

サイト「猛牛の角」さんの地図です

 

ウィーン包囲戦

800px-Siegeofvienna1529

オスマン帝国軍 歩兵12万 大砲300門

VS

オーストリア軍 歩兵2万 騎兵1000 大砲70門

 

大公フェルディナントは兄や諸侯に救援を求めるために外出中でした。

ところがその救援兵はオスマン軍にびびって進軍停止する始末。

ウィーンはかなりやばい状況になります。

 

しかし、後がないウィーンはオスマン軍がくる4ヶ月の間に周到に準備をしていました。

・ウィーン外壁の家々を破壊して堡塁を設置

・内部の萱葺き屋根は砲撃で火事になるので撤去

・南と西の城壁の内側に土塁を築いて二重防衛線を敷く

 

700px-Vienna_austriae_detail

対するオスマン軍も黙って見てはいません。

いくら兵力はあっても補給線は伸びきっており

長く戦うわけにはいかないからです。

miniature-park_75-074

・砲撃はガンガンおこなう

・坑道を掘っていやがらせ

・出撃してきた守備兵を返り討ち

などなど

 

しかし、包囲を始めて半月(10月14日)が経ち雪が降ってきました。

雪とかオスマン兵は慣れていないのでちらほら不満が出始めます。

ここでスレイマン大帝は

 

さらに包囲を続けるか?

 

退却するか?

 

の選択に迫られます。

 

 

・・・結論から言うと

 

「退却」することにしました

 

理由としては

・進軍スピードを重視し攻城兵器を置いてきたので決め手にかける

・ウィーンからコンスタンティノープルまで1200kmもあり

 余力なく追撃されたら 本当にまずい

・背後のイラン・サファビー朝が心配

・とにかく寒い

といった事があげられます。

それに、ヨーロッパ諸国にはここまで来たことで

Suleiman

「ヨーロッパにはいつでも行けるよ」

ということは十分に知らしめることができたかな、

と言えます。

 

・・・しかし、そうは言っても

ここまでスレイマンは負けらしい負けを経験していません。

まだ年齢も30代前半、血気盛んな年頃です。

歴史上オスマン帝国どころかイスラム関連の国で

ウィーンまで陥落させた王はいません。

ここからヨーロッパ全体に侵攻して、かつてない大帝国を築くことも

夢ではありません。

なによりまだ包囲して半月なんです。

僕なら無理にでも包囲を続けてしまいそうです(笑)

 

よく決断したものです。

これが後に「大帝」と呼ばれることになる人の決断なんでしょうね。

 

結果、オーストリア軍はろくに追撃することも出来ず

スレイマンはコンスタンティノープルに帰ります。

オスマン帝国の実力を知ってか、その後こぜり合いはあったものの四年後の1533年

ヤノーシュの王位も認められハンガリーの半分以上とバルカン半島をオスマン帝国の

実質支配下に置くことが出来ました。

 

そしてスレイマンはその5年後の1538年、西ヨーロッパの大半を手にしたカール5世に

プレペザの海戦で勝利、地中海の制海権をも握ることになります。

 

記事 コミュニティビルダー協会理事 浄法寺

 

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